木炭紙にインク+アクリル絵具 – 970 × 645 mm

櫻間 道雄「鉄輪」

 古い話になります。昭和51年10月21日、水道橋能楽堂「櫻間道雄の会」
私の母が戦時中女学校にて櫻間先生に能を教わった事の縁で観能いたしました。席は真正面中央、最前列から2列目。絶好の座席です。今現在は建て替えて宝生能楽堂になりましたが、当時の水道橋能楽堂は床がコンクリート剥き出しで、全体的に木材が燻んで、いい感じに古びた色合いのある能楽堂でした。最上の能が舞われるに相応しい空間でした。
演目の鉄輪は妾をつくった夫に嫉妬して、貴船神社に丑の刻まいりし、陰陽師の安倍清明が祈祷で祓う。といったお話で、能を観る初心者の私には派手な動きもあり、わかりやすくてぴったりです。
それで、お能の感想はですね。凄かったですよ!ここまでにお能は何演か観ており若干の下準備はできていましたが、超一流の能の空間に嵌まり込むと、全ての知覚を鷲掴みされ、精神が高みに引き上げられます。結果、何百年もかけて完成されていく能という芸術に何故感服してしまうのか?と天邪鬼な私は疑問も噴出しましたが 笑。
とにかく衝撃的な体験をいたしました。櫻間先生は当年79才、お能の後場の後半、囃子が沈黙し、無音の中シテが狂ったように舞うのですが(この場面の専門用語を母から聞いたのですが忘れました)、2列目の座席の私の耳に、着けている装束の衣摺れの音が聞こえないのですよ!それとも、聞こえないほどの圧倒的な舞の吸引力?日本の古典芸能の最上のものは大変なものですね。私達が求めているものはここに既にあるんじゃないか!と、当時20才の私は生意気にも思ったのです。
それで、なぜこの事を書き込むのかと申しますと、インターネットの時代になり、「the能ドットコム」とか「能楽協会」のサイトとかがあり、心強いですが、私が体験した演目の件も、誰も読まないかもしれないけど、書き残しておきたい。私が絵を描く一つの衝動にもなったであろう、世界最高峰の美の総合芸術が日本にあると書き残したい。そんな感じです。